DJ to DJ Interview with DJ MITSU THE BEATS
今回のDJ to DJはDJ MITSU THE BEATSです。
簡単にプロフィールを紹介すると、2000年デビューe.p."Bust the Facts"をGAGLE(ガグル)名義でリリース。その後リリースしたファーストフルアルバム はフィル・アッシャー、パトリック・フォージ、ジャイルス・ ピーターソンらに絶賛され、Planetgroove よりリリースされた初のソロアルバム「NEW AWAKENING」は同様に海外でも評価され、URB( 2004/April issue ) のNEXT 100 にDJ Mitsu the Beats が 日本人で唯一選出されるなどの経歴をお持ちになっています。
現在は国内外問わず、数々のリミックスワークやプロデュースを手がけ、注目を集めるDJ MITSU THE BEATS。多忙なスケジュール の合間を縫って、サウンドファインダーが独占インタビュー!
「普段スタジオの待ち時間とかにサウンドファインダー見てますよ!」と気さくに話すDJ MITSU THE BEATS。彼の音楽的なバックグラウンドやトラックメイキングに関しての想いを十分にご堪能いただければと思います。
SOUND FINDER:音楽的なバックグラウンドを教えてもらえませんか?
MITSU:子供のころは父親がJAZZが好きで、母親がBOSSA NOVAが好きという環境で育 ちました。自分としてはそれが好きだったということはありませんでしたが、中学生の頃、BOBBY CALDWELLのHEART OF MINEを聞いてAOR(Adult Oriented Rock)に目覚めました。BON JOVIとかも聞いていましたよ。中学校の後半くらいにNEW JACK SWINGを聞き始めて、そこからRAPに興味を持つようになり、TEDDY RIELYが好きになり、PETE ROCKが好きになって行きました。
一番衝撃的だったのが、姉がダビングして持って帰ってきたHIP HOPのプロモーションビデオを見たときでした。それ以来HIP HOPが好きですね。でも、そればかりではなく、良いと思うものは日本の曲でも聴いていました。良いと思うと、そのアーティストを調べてどんどん追求していくんですよね。
高校の時は恵まれた環境で、学校の裏にレコードショップがあって、毎日行っていました。そこで聞くHIP HOPがレコードでしかないもので、今まで自分がCDで聞いていたものとまったく違ったんですよね。DJに興味を持ち始めたのが、高校の頃なんですが、それがきっかけですね。それ以来、ずっとレコードを掘り続けています。
2000年くらいからはJAZZを深く追求するようになりました。JAZZはわかりにくいものと思っていましたが、メロディがきれいで、わかりやすいピアノなどのJAZZは好きでした。それはBILL EVANSを姉が好きだったという影響もあると思います。自分が好きなHIP HOPのフレーズが引用されていたりすると、そこからぐーっと興味が湧いてきて、その曲が好きで買うというより、そのフレーズが好きで買うということが多かったです。曲としてその部分が好きだから、曲が好きって感覚かな。
レゲエも好きですが、たぶんレゲエが好きで聞いている人とは違う聞き方をしている。常に自分がトラックを作る場合を想像してしまっています。職業病ですね(笑)
SOUND FINDER:トラックメイキングをする人はたくさんいますが、MITSUさんと同様にチャンスをつかめる人はごくわずか。まず、どのようにしてこの業界でステップアップしていったか?ということを教えていただけませんか?
MITSU:一番最初にMPC2000を買ったのがきっかけで、トラックメイキングをはじめました。その頃はいろんなHIP HOPを聞いていましたが、「自分だったらこう作るのに」っていうアイディアがあったんですよね。どうしても製作者側になりたかったくて、ずっと地道にデモを作っていましたね。
ファーストシングルをリリースした後、フルアルバムをリリースしたのですが、その頃から徐々に製作の依頼が増えていきました。飛躍的に依頼が伸びたのは、2003年にリリースしたソロアルバムですね。この後からすごいことになった。僕にリミックスを依頼してくださった方が、いろいろな方に紹介してくださることで、アンダーグラウンドのHIP HOPだけでなく、さまざまな音楽を手がけることができるようになりました。
こういう状況になっても地道に作業を続けること、好きなことをやり続けることという姿勢は昔から何も変っていません。
元々は音楽を生業とすることを決めていたわけではありませんが、自分のレコードを出せるということが決まってからは、それまで働いていた仕事を辞めて、音楽に集中するようになりました。はじめたばかりの頃は、アルバイトもしていましたし、不安でした。食って行くということは大変なんだなって思いました。
HIP HOP業界では他の人に比べて、僕は製作の依頼が多いほうですが、それだけで食べて行くことは本当に大変なことです。それにあこがれている人には厳しいことを言うようですが、ほんとに厳しいです。そういう点で、僕はとても恵まれていると思いますよ。海外のアーティストからも製作の依頼があるし、DJとしてツアーにも海外に出ることができる。でも、不安は常にあります。「この仕事が途切れるかも知れない」という不安はありますが、先のことを考えたら不安しかないので、良い曲を作るということに集中します。このドラムはどうしたらもっと良くなるかとか、とにかくいい曲をもっと作りたいということしか考えていない。たとえ、それがメジャーからリリースされず、自主制作であったとしても、いいものを作れば絶対にやっていけると確信しています。
一番最初はもっといい曲を自分だったらこう作るというのがトラックメイキングを始める上で考えていたことです。今聞いたら、ひどいんですけど(笑)、人に聞かせたいというより、自分が満足したいという気持ちが強かった。
今は聞いてくれる人のために作っています。それは製作を依頼してくれた方も含めて、仕事としてやっている以上、満足してもらいたいという気持ちが強いです。
製作する上でのアイディアの源はレコードからのインスピレーション、これがすべてです。使いたいレコードを全部サンプリングしてみたけれど、まったく使えないということはありますが、それを苦痛と思ったことはありません。製作する上では時間的な余裕がないのが一番厳しいですね。いかに短時間でみんなが満足してくれるトラックを作るか?ということが課題です。聞いてくれる人のためにトラックを作ることは確かにハードルがあがったけれど、それを苦痛と思ったことはありません。
SOUND FINDER:日本語で伝える上で、言葉というものについてどのように感じていますか?
MITSU:僕は日本語RAPからは脱落した人間ですから。あんまり訴えたいことはないなと思っています(笑)
それはさておき、日本人を対象にするというという点で、心に訴えかけるものとしては歌詞は重要ですね。1年ほど前までは、海外では日本語RAPダメだろうと思っていたのですが、弟のフローや韻の感じを海外のプロデューサーが評価してくれて、フィーチャーしたいという依頼をもらうようになりました。
先日、韓国にライブに行きましたが、イントロ部分を合唱してくれるんですよ。それを目の当たりにした瞬間、意味はわかっていなくても、通用するという気持ちを持つようになってきました。アメリカでは知っている曲で盛り上がるような感じで、あまり深く追求しない感じがします。英語じゃなきゃダメみたいなところがあり、日本語RAPは厳しいかなと。でも、ヨーロッパは英語が母国語ではないから、日本人と一緒でフローとか、声質でかっこいいと言ってくれる人がいます。次のアルバムはヨーロッパでもディストリビュートとして、多くの人に聞いてもらいたいと思います。
トラックメイキングをする人は、人と違うものをやるということが大切です。例えば、曲のサンプリングの仕方はルールがあるわけではなく、こんなことをやっていいのかな?というぐらいの創造性が必要です。そのためには好きなことを追求してやるということが大切ですね。
インタビューの最後にはMITSU THE BEATS本人によるイベント情報とレコメンドディスク紹介です。最後までお見逃しなく!
http://www.gagle.jp
http://www.myspace.com/mitsuthebeats
http://www.jazzysport.com
4月 20日, 2007 Interview | Permalink | コメント (0) | トラックバック (0)

